「教えて先輩! DevRelの立ち上げ方」に続く「教えて先輩シリーズ」の第二弾としまして、JPA(Japan Perl Association)の初代代表理事、buildersconの立ち上げ、YAPC::Asia Tokyo時代のYAPC(Yet Another Perl Conference)の運営で知られるlestrratこと牧大輔さんにお話をうかがいました。インタビュアーはSmartHRのDevRelのinaoです。
前編に続く後編は、主にポストコロナの新しい技術イベントやYouTubeのノウハウについてのお話です。
(インタビューは2024年7月に行いました。内容は当時のものです)
- プログラマーからのキャリアチェンジ
- ポストコロナの新しい技術イベント
- ほしい人にだけノベルティを渡す方法
- ただ飯目当て対策
- オンライン、オフライン、ハイブリッド
- YouTubeで銀の盾!
- YouTubeのプロモーション
- YouTubeの継続的な更新
- YouTubeをやるべきかどうか
- エンジニア部門内で総務・経理を専門に行う人
- テックライティングで伝えたいこと
- 牧さんの今後
プログラマーからのキャリアチェンジ
inao:ここからは、牧さんの退職についてのブログを足がかりに、前職のメルカリさん時代のお話をお伺いしつつ、ポストコロナ時代の新しい技術イベントや、YouTubeについてお聞かせください。プログラマーを辞められて、メルカリさんではどのようなことをなさっていたんでしょうか?
lestrrat:エンジニアのやっていることの手助けが役割みたいな位置付けのEngineering Officeという部署にいて、その中でも外向きの活動をやっていました。地味なところだとブログのレビューや校正とか、「メルカリエンジニアリング」というWebサイトの構築支援であったり中身の調整であったりとか、カンファレンス系のスポンサーをする側とか自分たちが出る側とか、YouTubeとかをやっていた感じです。外に出すことにまつわるいろんなことをやっていた感じですね。
ただ、もともとは、snamuraさんがCTOのときにカンファレンスをもっとやりたいっていう話があったので入社したのですが、残念ながらコロナで中止になりました。
inao:長年ご経験されていたプログラマーという職業から、今おっしゃったようなDevRel的職種へキャリアをピボットされてみて実際にはいかがでしたか?
lestrrat:その前から僕は社長業や主催業をやっていたから、そんなにどうということも、という感じではありました。
inao:じゃあ、けっこうすんなりいったんですね。
lestrrat:そうですね。
ポストコロナの新しい技術イベント
inao:「ポストコロナの新しい技術イベント」についてブログで触れられていて、具体的な内容に興味があるんですけれども、「ポストコロナの新しい技術イベントの形・内容(変わってしまった参加者の意識、コンテンツの提供方法、交流のありかた…)」を教えていただくことは可能でしょうか?
lestrrat:たとえば日本だとコロナが起こる前からログミーとかの書き起こし系サイトがあり、そこで情報を得られます。なので、コロナが起こる前から僕は、基本的にはイベントに情報の共有を求める時代ではないとすごく思っていました。そして、コロナ以降はそれこそイベントなどの動画アーカイブとかがあって、イベントに参加しなくても情報を得ることができますよね。
だから僕は、究極的には講義はいいんだけど、もうそれだけでは人はイベントに来ないと思っています。だって、ブログや動画にまとめておけば、ほぼ同じ量の情報が手に入るし、それならわざわざみんなで時間を合わせて、同じ場所に集まる必要なんかないじゃないですか。
なので、僕の意見としてはこれまでのカンファレンスという形の情報共有はもう形骸化していると思います。情報共有のためのイベントってほぼ意味がないな、というのが大きなテーマと言うか、モチベーションの一つですね。
inao:ふむふむ。
lestrrat:そうなってくると何を提供できるのかなんですけど、たとえば音楽業界で言うと、それまではレコードやCDの売上げで生計を立てていたけれども、ストリーミングの時代に入ってCDは売れないし、みんななんとかランキングの良いところだけを聴いておしまい、みたいな感じの聴き方をするから、円盤を売っていれば安泰というわけにはいかなくなりました。そういう話が出始めた当時、大物アーティストなんかはさっさとCDとかを売るのにある程度見切りをつけて、ライブで金を得るようにしていたと思うんですよね。なんで家でも音楽を聴けるのにライブに人が行くかというと、時間と経験をほかの人たちと共有するためです。それは友達と行くという経験であったり、もしくは爆音に身を委ねる経験であったりと、人によって理由は違うわけですが。
今はライブもいろいろ難しいのはわかっているんですが、それでも基本的なイベント参加のモチベーションまわりの構図は変わっていないと思います。 だから、カンファレンスを開催するのであれば、エンジニアたちにそういう「経験の共有」をさせないといけないと思っています。少なくとも自分で新たにやるとしたら、そういった方向にコンテンツをシフトしていかないと、また誰かのありがたい話を6時間くらい聴いて、懇親会でお酒を飲んで食事する、みたいなスタンプを押したようなイベントになるなという気持ちだったので、経験の共有に舵を切りたいとはずっと思っていました。
inao:「経験の共有」を具体的に教えていただくことは可能ですか?
lestrrat:わかりやすいところで言うと、今までのカンファレンスでも経験の共有はあって、たとえば懇親会とかがそうなんですよね。hallway track(※)もそうです。そういうのは、今までのカンファレンスというフォーマットでは、通な人になればなるほどそっちがメインだと言い始めるけど、イベントの建前としてはそっちはメインではなく、付加要素だったじゃないですか。あくまでもイベントとしては「〇〇さんが話に来るから聴きに来いよ!」とかがメインだったわけです。この構図を、逆転させればいいと僕は思っています。講義とかがおまけです。その代わりに誰かと一緒に何かアクティビティをするというのがまずメインであるべきだと考えています。
※カンファレンスの廊下などでの交流のことです。
inao:なるほど、なるほど。
ほしい人にだけノベルティを渡す方法
inao:同じブログに書かれていた「欲しい人にだけノベルティを渡す(ごみを増やさない)方法」は、どんなものでしょうか?
lestrrat:さっき言った構図をひっくり返すときに、人をアクティビティに参加させるためにある程度のゲーミフィケーションをしないといけないと思うんですね。参加者が来て、たとえばソシャゲみたいに、何かのアクティビティに参加することによって何割かの確率でアイテムをゲットできるみたいなイメージです。
で、ゲーミフィケーションするには何らかのシステムを作らないといけなくて、システムを作る段階でそういう、いわゆる寿司おじさんとかノベルティの問題とかも全部一緒に解決できるというデザインを考えていました。
ノベルティに関して言えば、けっきょくそのノベルティをほしいかどうかを参加者が決定できるようになればいいだけです。これまでの問題はそこにスポンサーの広告面があったり、逆にみんながほしいノベルティを必要十分な数だけ用意することでした。
それを解決するにはまずノベルティを全員に渡す、という前提を諦めます。もちろん一部のノベルティは全員分あってもいいです。それは参加してくれてありがとう、という意味合いで渡すものですね。それ以外のものは、より良いもの・宣伝効果のあるものとして単体での価値を上げるとともに数をある程度しぼります。そしてアクティビティに積極的に参加した人がもらえる、という方向にシフトします。これで運営側のアクティビティに参加してほしいという思惑と、参加者側のなんらかのアイテムがほしいという思惑が合致して、最終的には本当に、ほしい人にだけ物を届けることができるはずだと思っています。
ただ飯目当て対策
inao:ちらっと出た、ただ飯目当ての方をデザインで対策するのはどういったイメージでしょうか?
lestrrat:そちらに関しては、先ほどのノベルティと同じシステム上に載せるのですが、ここでのポイントは先ほどから言っているゲーミフィケーションはすべてコミュニケーションがトリガーのアクティビティに限定していることです。コミュニケーションをしに来ない人は、その場でウェルカムドリンクくらいはもらえるけど、それ以上はコミュニケーションを取らないと何ももらえない感じですね。なので、もちろんがんばればただ飯にありつけますが、面倒くさいですよっていう形になるイメージです。そこまでしてもまだただ飯にありつきたいなら、もうそれは立派な参加者なのでどうぞどうぞ、という感じですね(笑)。
オンライン、オフライン、ハイブリッド
inao:牧さん的には、オンライン、オフライン、ハイブリッドなどの開催の形式は、それぞれどういう風な位置付けですか?
lestrrat:何が目的かによると思うんですよね。
情報の共有が目的だったら、別にオンラインでも何でも良いと思います。ただ、先ほども言ったように情報の共有を目的とすると、オフラインは最近は集客という意味で引きが弱いと思うので、ROI(Return On Investment)的にちょっとリターンが弱いなとは思います。逆に、オンラインは情報の共有のためだったら1回アップロードしてしまえば、いつでも好きなときに観られるし、がんばってバズらせようと思えばバズらせることも不可能ではない。なので、非常に向いていると思います。
ただ、翻ってもともと僕らがイベントをやりたかった理由っていうのはやっぱり、みんなと会って話したいとか話をしているのを聴いて楽しみたいからなんですよね。なので、そういう意味ではオンラインでカンファレンスのようなイベントをやる価値はあまりないとは思います。
オンラインだと情報以外に何も共有できないし、そもそもみんなで同時に観る必要はないですよね。僕だったら絶対あとでアーカイブを観て済ませてしまうと思います。なので、さっき言っていた経験の共有みたいなことをメインに置くのであれば、もうそもそもオンラインというチョイスはあまりないですね。
なお、VRChatのようなものを使ったオンラインイベントは夢があると思います。実際、自分でそういうことが可能か実地試験的なこともしてみました。でもデバイスを全員持ってないこと、そして個人的にどうやってもVR酔いしてしまうので、僕の中では一旦なしということになりました。
ハイブリッドはいろいろ定義があると思いますが、今のご時世だとオフラインでイベントをやるときでも必ずインターネットの力を使うつもりでいたので、そういう意味では自分でやるならハイブリッドを前提に考えています。
inao:なるほど。
lestrrat:まとめると「情報の共有」にはオンラインがすごく良いと思っています。でも「経験の共有」には向いていないから、そこは割り切ればいいと思っています。
つまり情報の共有だけオンラインでやれば良いんですよ。情報の共有をするのになにもカンファレンスを待つ必要はなくて、カンファレンスの数日前とか1週間前とかから、そこで出す情報を先に出せばいいと思うんですね。
ただし情報の共有は一方通行じゃないですか。情報を得たあとに「それってどういうことなの?」とかの質問があっても、それは記事を読んでも配信を観ても解決できない。
でも、それの答えをくれる人がイベント会場にいて、いろいろ話をしてくれるというのならそのイベントに行く気持ちになりませんか? 旧来のイベントに行ってその人の話を1時間かけて聴くのもいいけど、先にオンラインで一通り観た状態であらためて要点の説明をしてもらったり、直接自分の疑問をぶつけたりすることができたら素晴らしいと思うんですよね。オンラインに情報があれば、当日質問直前に詳細を忘れててももう一回確認できますし。そういう形のハイブリッド開催に僕は可能性を感じています。
inao:ありがとうございます。めちゃくちゃ勉強になります。
YouTubeで銀の盾!
inao:メルカリさんのYouTubeチャンネルは登録者数25万人超えで、10万人でもらえる銀の盾を余裕でもらえるているのがすごいですね。
lestrrat:今何人なんですかね? ちょっと見させてくださいね。264,000人くらいだ。
inao:すごい……。このチャンネルを4年間やられて、「話者(社内の人)にも制作サイドにもコストが高い」動画と、「量産可能かつ、なるたけ話者にコストをかけない」動画があるとブログでおっしゃっていますけど、それぞれどういったものが該当するんですか?
lestrrat:そもそもYouTubeチャンネルを始めたとき、始める建前が「カンファレンスの代わり」だったので、カンファレンスの内容っぽい講義ものを出したんですね。パンデミックで当時イベントとかが何もできない中でメルカリでやっている技術の話とかを外に出すには、こういうストック型のコンテンツで置いておくしか出す方法がありませんでした。
講義自体はいいんですけど、そのコンテンツの制作は完全に話者任せなのが問題なんです。登壇者の方に「何を話すか決めて、ストーリーを企画して、スライドを作って、あと一人で全部話して」ってお願いしているわけです。映像に対するポストプロダクションとかは全部制作側でやりますけど、これって一人芝居の企画・制作・演技全部をお願いしている感じなんですよね。なので、すごくコストが高い。なおかつ、先ほどのオンラインイベントと同じで一方通行のコミュニケーションなので、話者にとってはメリットが少ないんですよね。世の中に自分の考えを広めたくてYouTubeで独演会みたいなことをやる人もいますが、そんな人はごく少数ですよね。
ですので、あくまでこちらで可能な限り全て準備するので、あなたは普通にしゃべってくれればいいですよ、という方向にシフトしました。たとえて言うと「私たちが船を用意するのでこの船に乗ってください。乗って上でお話をしていれば目的地に着きますよ」っていう感じですね。
そういう感じで企画を練っていたところ、そのとき制作を依頼した会社がいわゆるテレビ番組の制作をしている会社だったので、テレビ番組っぽい、日曜昼間の情報番組っぽい作りになりました。これだったら、制作側からネタを出して「これについて語ってくれますか?」から始めれば動画の中身の準備をこちらでどんどん進めていけるので、量産性がすごく良かったんですよね。なおかつ、枠組みはこっちが用意しますが、内容は全部社員の方に話してもらうから企画主旨としてもブレず、結果的にはいいバランスだったと思います。
inao:ほへー、途中でがらっと方向転換されていたんですね。
YouTubeのプロモーション
inao:YouTubeは「『どこで』『どうやって』プロモーションするかというのに勘所があり、そのあたりの研究もなかなかおもしろかった」とのことですが、どんなことをされてどういう勘所があったんですか?
lestrrat:まず、皆さんご存知だと思いますけど、インターネットっていう広大な海の中にひと粒の砂を置いても誰も気付かないんですね。なので、それに気付いてもらう必要があります。
気付いてもらうために、最初はわりとみんな「技術業界の人も見ているだろう」と期待して、FacebookとかTwitterとかのSNSに、リンクを貼ると思います。自分たちも最初はそうしていました。でも当然と言えば当然ですけど、そんな訳のわからないチャンネルのコンテンツを出したところで、反応する人はごくわずかです。もちろんそこで燃えそうな、たとえば対立構造を煽るような、負の感情とかに訴えかけるようなコンテンツを配信するなら別ですけど、そういうのは企業のプロモーションでは当然入れられないので、うまく視聴数を伸ばせない状態でした。
そこで「じゃあ、お金をかけて広告を打つとどうなるの?」というのを試してみたんですよね。そうすると、それなりに視聴数は増えました。でもおもしろいのはメディアによって反応の特性がぜんぜん違ったことです。その中でも同じメディアなのに反応がおもしろかったのは、当時ちょうどイーロン・マスクの買収騒ぎがあったTwitterですね。買収前とあとではもう明らかに広告の反応が違いました。
inao:悪くなった……?
lestrrat:何があったのかはわからないですけど、同じ設定では同じ効果を得られなくなりました。ひょっとしたら我々がもともとやっていたことは間違っていて、たまたま前はアルゴリズムに合っていたのかもわからないんですけど、そういうのも含めて変わりました。
inao:そんな変化があったんですね。
lestrrat:加えて、当時掲げていた指標としては、動画のビュー数ももちろんそうなんですけど、チャンネルの登録者数を増やしたかったんですよね。チャンネルの登録者数が増えるということは、新しい動画を上げたときに気付いてもらえるベースがガーンと増えるということなので、そっちをどうにかしたかったんですよ。
チャンネル登録者数という観点からはTwitterを含むSNSはけっきょく弱かったですね。掛けたお金に対するビュー数はまあまあなんですが、それは多分ほとんどがSNS上でのビューだけで、YouTubeに全然飛んできてくれない。だから、誰もチャンネル登録をしてくれないんですよ。
どうしようかなと思っていたところに、YouTubeが動画のプロモーションというしくみを始めて、YouTubeの中での動画を広告できるようになりました。こちらは僕がやっていたときはわりと手ごたえがありましたし、登録者数も増えました。必ずしも正しいオーディエンスに正しく届いているとまでは言わないんですけど、少なくともより多くの目に触れ、より多くの反応を引き出したのは、SNSよりもYouTubeプロモーションでしたね。
これは僕の仮説ですけど、そもそもTwitterを見ている人はTwitterが好きで見ているんであって、別に動画が好きというわけじゃないから、その中で一定の割合しかチャンネル登録までいかないのに対して、YouTubeの広告を観ている人はそもそもYouTubeが大好きなんだと思います。だから、動画リンクをクリックしてくれるし、そのあとのチャンネル登録にも繋がりやすいんじゃないですかねぇ。
inao:なるほどー。
YouTubeの継続的な更新
inao:「YouTubeについてはとにかく継続的な更新が重要」とのことですけど、少なくともどれくらいの頻度で更新すべきでしょうか?
lestrrat:いや〜、それは絶対的な頻度では表せなくて、皆さん自分で決めるしかないですね。たとえばinaoさん、YouTubeは日常的に観ますか?
inao:はい。
lestrrat:いっぱいチャンネル登録されていますか?
inao:めちゃくちゃ登録していると思います。
lestrrat:じゃあ100くらい登録しているとして、そのうちの4分の1が毎日投稿をしたら、25本くらいじゃないですか。1日25本も動画が上がったら、観る時間がなくなりませんか?
inao:たしかに。
lestrrat:ね。そもそもそういう中で視聴者の獲得競争をしているんですよ。4分の1はちょっと多いかもしれませんが、たぶん10分の1くらいは毎日投稿しているし、していない残りの半分くらいは2、3日に1回ないし1週間に1回くらいは投稿しているはずなんですね。そういう人たちの中に入らないとビューが取れないわけですから、とにかくまず存在を思い出してもらうことが重要です。存在を思い出してもらえるくらいには更新しないといけない。
そして更新があっても、そもそもファンじゃなかったら「あ、更新したんだ。ふーん」で終わりじゃないですか。でも更新が頻繁になればなるほど「あ、またこいつ上がってる。また上がってる。そうか、そろそろ溜まってるから観ようかな」みたいになるはず。そういうを狙っていくべきですね。
inao:勉強になります。
YouTubeをやるべきかどうか
inao:今、どこのIT企業もテックブログをだいたい持っているじゃないですか。YouTubeは、将来的にどういう位置付けになると思いますか? テックブログと同じくらいの位置付けになりますかね。
lestrrat:どうでしょうね。僕はそもそもテックブログもちょっと懐疑的なくらいで、正直に言うとYouTubeに関しては、やりたい人以外はあまりやらないほうが火傷しなくていいと思います。
なぜかと言うと、制作コストが高い。ブログでもすでに読まれるコンテンツを作るのは大変だと思うんですね。イメージとしてはブログは2次元のメディアなんですが、動画はそこに「時間」という概念が追加されて、3次元のメディアになる。タイミングを合わせて音声やテロップを入れたり、話のテンポを崩さないようにしゃべり方や内容を調整したり……。動画はこの時間という1次元を足すだけで制作側が投入しないといけないリソースが何十倍にもなる。何十倍は言い過ぎかもしれないけど、少なくとも何倍かにはなると思います。
なので、やるならそういうことも踏まえてちゃんと最初から投資しなければ早晩行き詰ると思います。ですので、みんながやる、やるべきものにはならないんじゃないかと思います。
inao:僕らが今、月一とかでコンテンツを出すとしたら、社内でやっているLT大会を公開するとか、このインタビューのような文章化前提のものの動画も公開に切り替えるとかなんですけど、そういったものはどう思われますか?
lestrrat:もちろん最終的には内容ににもよりますけど、たとえば見せ方が固定カメラ2〜3台置いたものを適当にスイッチングして編集するだけだったら、あまり効果がなさそうな気がします。ちゃんと効果を得たかったら、もっとコストを払わないといけない。
inao:というと、どういうぐらいですか? テロップとかを入れるくらいまでってことですか?
lestrrat:僕だったら、ガッツリ編集します。たとえばLTを全部垂れ流すんじゃなくて、重要なところだけ、おもしろいところしか配信しないです。残りはもう全部切ります。
inao:そのお心としてはどういったものになりますでしょうか?
lestrrat:たとえば僕が今話しているときに黙ってしまった数秒の間(ま)とかは、動画ではいらないものなんですよ。僕が何回も言い直すとか、「えーと、えーと」と言っている部分とか、そういうものがあると動画を観てるほうは辛い。そういう存在してはいけないものを全部消してなおかつ、おもしろいところだけキュッと見せるようにしないと、基本的には視聴者が付かない、つまり動画は成り立たないと思います。
inao:じゃあもう、固定のワンカメで撮ったものをただ公開するとかだったら、牧さんだったらやらない?
lestrrat:僕はやらないですね。特に仕事だったら上の人に「これ、効果どうなの?」って突っ込まれたときにいい感じに答えられなくて「う〜〜ん」ってなっちゃいそうなので。記録を残すためにやるのはありだと思いますよ。ただそれに宣伝効果とかを望めるのかと言われたら「いや〜……」っていう。
inao:そうなんですね……。動画の品質について、長さとか音質とかテロップとか、そこら辺についてなにか得られたご知見がありましたら教えていただけないでしょうか?
lestrrat:オンラインだったGo Conference 2022 Spring用に自分で作った講演動画があるんですけど、これには素人編集ですが、自分なりに気をつけたいことはけっこう入れて編集しました。基本的にスライド中心の動画だったから、スライドが変わるとか、話が変わるタイミングに、それとなく「ピンポーン」っていう音を入れるとか。あと、同じ構図が続かないように、私のアップをやったら、次はスライドだけ、またアップに戻って今度は僕の顔がワイプで右下に来てそのうしろにスライドが来るとか、切り替えをする、とかしてました。
inao:おおー、ご自身で動画の編集もされるんですね。
lestrrat:素人ですが! でもぶっちゃけたとえば元のデータが4時間あったら、そこから1時間の動画を作るのに数倍の時間、僕みたいに素人だと十数時間かかるんですね。なので、これはお金払ったほうが安いと思って、仕事でやっていたときは協力会社さんにお願いしていました。
エンジニア部門内で総務・経理を専門に行う人
inao:同じブログに「イベントのために総務・経理を専門に行う人を先に雇ってもらうよう交渉し、実際に雇ってもらったのは自分の在籍中に行った行動の中でトップに近いくらいナイスな動きだったと思います。イベントの開催まではこぎつけられませんでしたが、それ以外のところで八面六臂の活躍をしていただきました」と書かれていましたが、具体的にはどんなことをやっていただいていたんですか?
lestrrat:まず、動機から言うと、イベントをやる場合には外注の業者はいるし、講師をお願いする外部の人とのいろいろもあるし、スポンサー関連でもいろいろあるかもしれないですよね。そういった、社内のSlack内で「お願いします!」と言えば済む関係以外のところでいろいろやらなければいけない。
そういう社外の人たちを巻き込むときの最初のハードルとしては、社会人として正しい対応ができるかどうかってありますよね。そしてその能力はけっこう人によって違うじゃないですか。なので、そういうことを行う大人の経理・総務の人がまず必要だと考えました。あらためて言うと普通のことなんですが、季節柄の挨拶ができ、何かやってもらったら「ありがとうございます」と言えて、相手を怒らせない依頼や調整ができる人が要りますね。
それプラス、外部の人たちとの契約の話、支払日をいつにするのか、相手の社内のプロセスをどうやって通すか、みたいな商習慣みたいな話がわかることも必要です。
エンジニアのイベントはエンジニアたちでそういうことをやったりするけど、まあ、正直そういうのが苦手な人が多いじゃないですか(笑)。なので、そういうことをちゃんとできる人がほしかったんですね。
だから、イベントをやるためにメルカリに入社したときに、そういう人を雇ってくれとお願いしたんです。先ほど言ったとおり、パンデミックでイベントは中止になったんですが、我々の部署はエンジニアのサポートをする部署なので、けっきょく外とのやりとりがすごく多かったので結果大正解でした。
たとえば外部サービスを使う契約をするとか、カンファレンスのスポンサーをするときの手続きであるとか、そういうのは全部契約書と社内稟議と、予算の実際の執行と、納品だ請求書だ、みたいなやりとりと、ペーパーワークが常に発生するじゃないですか。そして、社内の決まりは不変ってわけではなくて少しずつ変わっていったりとかするから、それに追従しなきゃいけないし、システムの入れ替えもあるし。そうすると、それを専門にやってくれる人がいないと、時間ばっかりかかっちゃうんですよ。
けっきょく4年、5年やってもらって、その人がいるおかげで我々の小さな部署は少なくともその点に関しては一切滞ることなく進められました。その人に「何日までにこれを払って、何日までにサービスを開始できるようにしてください」と言っておけば、もちろんやりとりはあるにしろ、基本的にはその人が社内のシステムを通し、社外とも調整し、「これでいいですね?」とかの僕らへの確認もしてくれて、「はい、いいです! やってください!」とできる。なので我々は、いわゆるペーパーワークのところに大きな時間を割かなくて良かったので、工数をかなり減らせました。
inao:すばらしい。
テックライティングで伝えたいこと
inao:まとめの前の最後の質問です。「テックライティング的なところでは今後も是非自分より下の世代のエンジニアたちに伝えていきたいので、いままでもあちこちにちょっと書いてきたけど、もっとちゃんとまとめたドキュメント書かないとなぁ」とのことなんですけれども、どういったことをお伝えしたいですか?
lestrrat:基本的にinao先輩に教わったことですよ(笑)。見出しを先に書いてうんぬんとか、あとはいろいろ監修させてもらっていると、「あ〜なるほど、この人は今何を話すのか見失っていますな」とかそういうパターンが見えてくるので、そういうのを先にまとめなさいとかがあります。
あと、今僕が追加するとしたら、もともと自分が書いたものじゃない文章との付き合い方を、口を酸っぱくして若い世代に伝えていきたいです。インターネットで拾ってきた文章もそうですし、最近だと生成AIもそうですよね。生成AIの延長として翻訳系もそう。僕ももちろんいろんなツールや文献を使うのですが、社外に公開する文章とかで使う場合はいろいろコツがあるから上手につきあってほしい。inaoさんみたいに商売で文章を扱っていた方は気を付けていたと思うんですが、テックブログとかだと、わりとみんな脇が甘いんですよね。
inao:なるほど。ありがとうございます。
lestrrat:inaoさん、翻訳系はやったことないですよね?
inao:はい、ないです。
lestrrat:特に日本語から英語に機械翻訳するときに顕著なんですが、私みたいに英語で日常的に文章を書いたり、他人の文章を校正している人間からすると、機械翻訳の文体って比較的見分けやすいんですよね。特に一部分だけ機械翻訳をコピーしてくると文体が変わったのがすぐわかります。文体の変わり方には少し特徴があって、「これはDeepLだな」「これはGoogle翻訳だな」「これはChatGPTだな」があるんですよ。
inao:はー、そこまでわかるんですね。
lestrrat:けっこうな確率で当たります。で、あたりをつけて原文を持ってきて翻訳させると、50%くらいは当たると思います。
inao:すごい。
牧さんの今後
inao:牧さんは「7月中旬からまた社会人復帰する予定」とのことなんですけど、今後についてお伺いして大丈夫ですか?
lestrrat:次はUbieに行くんですけど、なんとプログラマーを辞めるとか言ってたのにプログラマーに戻るんですね。
inao:びっくり!
lestrrat:そのうちまた外に向けてのTech PRみたいなことをやるかもしれませんが、当面はプログラマーをやります。これはメルカリにいるときもちょっと思ったんですけど、製品の開発を経験しないでプロモーションをする側にいるのはときどき辛いので、必要なことだと思います。
inao:なるほど。
lestrrat:いったん違う職種に行くと決めたときも別にプログラマーを二度とやりたくないってわけではないですし、「僕に対してお金を払うのにそれが一番効果があるのでは?」と思ったのが大きかったというだけなので、とりあえず久しぶりにコードを書いてきます。
inao:バックエンドはGoの会社でしたっけ?
lestrrat:Goです。
inao:じゃあ、そういう意味からもピッタリ。
lestrrat:そうですね、はい。
inao:ご活躍が楽しみです。本日はたくさんのことを教えてくださり、そして長時間ありがとうございました。