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SmartHRが拓くアジャイル組織の未来 —— 労務ドメインの組織変革とScrum@Scale

こんにちは、SmartHRでアジャイルコーチをしている@wassanです。

現在、SmartHRの労務プロダクト領域(以下、労務ドメイン)では、大規模アジャイルフレームワーク「Scrum@Scale(以下、S@S)」をベースにした新たな組織運営に挑戦しています。その中核を担うのが Leadership Action Team(以下、LAT) です。LATは、S@Sにおける、組織のアジャイル実践を支えるためのリーダーシップチームを指します。

SmartHRの労務ドメインLATには、PM(プロダクトマネージャー)・EM(エンジニアリングマネージャー)・QA(品質保証)・アジャイルコーチといった各分野のリーダーが集まっており、チームとして、組織のありたい姿をともに描き、変革の設計・実行を推進しています。

私たちLATは、現在進行形で変革に挑んでいますが、そのプロセスや学びを連載という形で発信していくことにしました。日本のアジャイル組織づくりはまだ発展途上であり、私たちの試行錯誤が、他の組織のヒントになればと考えたからです。

この連載では、LATメンバーがそれぞれの専門性と視点から、技術戦略・プロダクト戦略・品質保証・組織運営に関する変革の実践と展望を発信していきます。第1回となる本稿では、「なぜ今、組織変革なのか?」「SmartHRはどのような組織を目指しているのか?」をアジャイルコーチの立場からお伝えします。

なぜ今、組織変革なのか

先月、CEOの@masato_serizawaから、SmartHRが「人的資本経営プラットフォーム」への進化を目指すことが発表されました。

これまでのSmartHRは、人事・労務業務の効率化を支援するSaaSとして急成長してきましたが、今後は企業の人事データ全体を統合的に扱うクラウド型基幹システムへ進化していくことが求められています。

チームの自律性が生む「ズレ」と「情報の氾濫」

プロダクトの進化を目指し、規模を拡大するなかで、これまでSmartHRの強みだった自律的なチーム運営が、全体最適との「ズレ」や組織内の「情報の氾濫」につながるという新たな課題が生まれています。

例えば、

  • 各チームの判断は的確でも、全体の方向性とずれ、プロダクト間の連携が不足
  • リリース優先の判断を続け、技術的負債が蓄積し、生産性が徐々に低下

といった、組織全体における最適とチームの「ズレ」が少しずつ発生するようになりました。

さらに、オープンでフラットな文化は強みである一方で、情報が複数チャンネルに分散しやすく、以下のような情報の氾濫に起因する課題も生じています。

  • 必要な情報が見つからない
  • 会話や会議が多すぎて開発に集中できない

このような「ズレ」と「情報の氾濫」が、チームの自律性がもたらす副作用として組織課題として顕在化しつつありました。

解決の鍵としてのScrum@Scale

こうした状況に対応するため、SmartHR最大のプロダクト組織である労務ドメインでは、S@S導入を決断しました。

S@Sは、複数チームが同じ方向に進み、効果的に連携しながら成果を出せるようにするための組織運営フレームワークです。

チーム間の協調や組織全体の透明性を高め、SmartHRが次の成長フェーズへと進むための組織能力の強化を目指します。

Scrum@Scale とは?

S@Sは、Scrumの共同考案者である ジェフ・サザーランド博士 によって考案された、大規模アジャイル実践のための組織運営フレームワークです。主な特徴は以下の2点です。

フラクタル(自己相似形)組織構造

SmartHRのスクラムチームには以下の3つの役割があります。

  • PO(プロダクトオーナー)
  • EM(エンジニアリングマネージャー)
  • 開発者

S@Sでは、複数のスクラムチームを「エリア」として束ね、それぞれにエリアPO/エリアEMを設けます。さらに、全エリアを統括するドメインPM/ドメインEMを配置することで、チーム → エリア → ドメイン というフラクタル構造の中で、各レイヤーが必要な情報を共有し合いながら、自律的な意思決定を行えるようにしています。

フラクタル(自己相似形)組織構造

コミュニケーションサイクルによる全体最適

S@Sでは、中央集権的な指示系統を置くのではなく、次の2つのサイクルにより全体最適を実現します。

POサイクル

  • 組織の戦略と各チームの実行をつなぐ「メタスクラム」というイベントをエリア/ドメイン単位で開催
  • メタスクラムには各チームのPOとPMM(プロダクトマーケティングマネージャー)を中心としたビジネス部門が参加し、戦略の伝達と顧客の声の素早い反映を両立

POサイクル

EMサイクル

  • 各チームのレトロスペクティブをエリア・ドメインへとスケールし、チーム単体では解決できない、技術的負債や横断課題などの障害物を迅速に解消
  • 同時にAI活用などの新たな知見や改善の取り組みをエリアやドメイン全体へ素早く共有

EMサイクル

2025年7月時点で、労務ドメインは、5つのエリアと16のチームで構成されます。組織デザインの意図や、ドメインやエリアの運営の具体については、次回以降の連載で説明していきます。

労務ドメインの組織デザイン

MITが提唱する「分散型リーダーシップ」とのつながり

SmartHRがS@Sを通じて目指している新しい組織のあり方は、MIT(マサチューセッツ工科大学)スローン経営大学院が提唱する「分散型リーダーシップ」という考え方と一致しています。

MITの分散型リーダーシップとは、トップダウンではなく、組織のあらゆるレベルでリーダーシップを発揮するという考え方です。MITは、変化の激しい環境でアジャイル組織が成功するには、以下の3つのリーダーシップが必要だと説いています。

起業家型リーダーシップ(下図の外縁のチーム)=自律したチームが直接顧客の課題を見つけ、ソリューションを提供し、顧客価値を生み出す

支援型リーダーシップ(下図のチームとチームをつなぐ緑色・黄緑色の線)=各チームが成果を挙げられるよう、障害を取り除き、チーム間やチームとシニアリーダーとのハブとなる

設計型リーダーシップ(下図の中央のチーム)=組織の方向性を伝える。リーダーシップ自身がボトルネックとならず、常にチームが自律的に活動できる組織をデザインし、改善し続ける

アジャイル組織における分散型リーダーシップ

SmartHRのS@Sの実践では、まさにこの3つのリーダーシップの発揮を目指しています。

まず、起業家型リーダーシップは、各スクラムチームがユーザーの課題を見つけて、自分たちで考え、解決策を生み出す活動の中で発揮されます。チームは自律的に試行錯誤を重ねながら、起業家精神をもって価値のあるプロダクトづくりにフォーカスします。

次に、支援型リーダーシップは、エリアPOやエリアEMが中心です。エリアPOやエリアEMは、チームが顧客の価値にフォーカスできるように、ドメインの戦略とチームの活動をつなぎ、障害を取り除き、エリアやドメインを越えたチーム同士の情報共有や連携を促進します。

最後に、設計型リーダーシップは、LATの取り組みにおいて発揮されます。LATはプロダクトと技術の戦略の方向性が一致するように調整しながら、組織の運営や文化を継続的にアップデートするためのしくみを整えています。

アジャイル組織において、これらのリーダーシップが発揮されることで、組織には以下の4つの組織能力が育まれるとされています。

  • Relating:チームや部門を超えた共感と信頼が築かれる
  • Sensemaking:組織の内外で起こっていることを明らかにする
  • Visioning:あらゆるレベルでビジョンとミッションが整合し、推進力が高まる
  • Inventing:戦略や組織運営のしくみを創発的にアップデートし続ける

S@Sは、これらの組織能力を高めるための実践フレームワークであり、SmartHRの未来を切り拓くための基盤となろうとしています。

まとめ:SmartHR労務ドメインの未来

私たちは、S@Sを通じて「プロダクトの持続的成長を支える組織基盤」を築くとともに、

  • 組織のあらゆるメンバーがリーダーシップを発揮できる状態
  • 自律分散型のアジャイルな組織文化の定着と発展

を目指しています。

この連載では今後、

  • 技術戦略とEMサイクル(@sako)
  • クラウド基幹システムへの進化と組織戦略(@makikot)
  • 大規模アジャイル組織における品質保証のあり方(@tarappo
  • エリア運営と人材育成(@yuzuru_akiyama

など、多角的な視点からSmartHRの組織変革を掘り下げていきます。

ぜひご期待ください!

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