昨今、大規模言語モデル(LLM)に代表されるようにAI技術が飛躍的に進化していますが、SmartHRでもAI専任チームが発足しています。
専任チームはどのように活動し、SmartHRでは今後どのようにAIを活用していくのか。CEOの芹澤とAIプロダクトマネージャーの金岡に対談してもらいました。
金岡:今日はよろしくお願いします。お互い自己紹介からはじめましょうか。
SmartHRでAI全般の推進をしている金岡です。入社してまもなく4年になります。これまでは一貫してタレントマネジメント領域でプロダクトマネージャーをしていました。AIについては、前職でAI特化の受託チームでプロジェクトマネジャーをしたり、AIプロダクトの立ち上げをしており、比較的勘所があります。SmartHRでもStable DiffusionやOpenAIのAPIで遊んでいたらいつの間にかAI担当になっていました。
芹澤さんも一応自己紹介お願いできますか?
芹澤:芹澤と申します。よろしくお願いします。もともとCTOなのでテックバックグラウンドがあるんですが、せっかくなので「AIと私」について少しお話します。
僕が新卒1年目か2年目かの頃に、ビッグデータブームが来たんですよ。当時は「データサイエンティストが世界一セクシーな仕事だ」と言われていた時代でした。僕も先輩に言われて見よう見まねでHadoopクラスタを組んだりとか。
金岡:すごいことしてる。
芹澤:それでデータ分析してみようかとなったんですけど、マジでムズいなと思って(笑)。統計の本を買って読んだんですけど、数式が読めなくて「これが文系出身の限界か」と感じ、機械学習を諦めたという苦い思い出があります。それ以来、苦手意識があるんですけど、LLMの登場によって知識がなくても、言葉で話しかけさえすればAIに触れる時代になり、興味深く見ています。
金岡:ありがとうございます。定期的にデータ分析ブーム、AIブームが来ていますよね。ブームは繰り返すのかなと思いつつ、個人的にはLLMは普及スピード、使っている人の幅広さから「ガチ」な感じがしています。今日はこんな感じでお話ししましょう。
芹澤:はい。やっていきましょう。
CEOから見たAI
LLMブームに思うこと:API活用と差別化
金岡:まずは芹澤さんにAIについてのお考えを聞いてみたいと思います。従来のAIはハードルの高い技術だと感じられていたと思うのですが、最近のAI/LLMブームは芹澤さんの目から見てどうですか?
芹澤:前提としてLLMと従来のAIは分けて、それぞれちゃんと考えたほうがいいかなとは思っています。LLMについては「ここまで来たか」という感じがあります。非常にユーザーフレンドリーだし、デベロッパーフレンドリーだなという感覚を持っています。難しい数式や論文が読めなくても試せるし、APIまである。これは素晴らしいことです。
ただLLMが来たからって、今までの機械学習辺りの技術が淘汰されるかと言われるとそうでもないと思っています。独自のモデルを開発する重要性は変わらない。むしろLLMだけで何かをやろうとすると、そこまで差別化にならないのではないかと。
金岡:僕も同意見ですね。ディープラーニングの時代からAIに関わっていますが、結局どこかで独自モデルの開発が必要になってくると思うんです。今のLLMのAPIはバーゲンセール状態で、どの企業のものも安く簡単に使えるんだけど、その分使うのが簡単すぎてあまり優位性がない。
芹澤:そうなんですよね。
金岡:だからいわゆる機械学習も、LLMももっと深く入っていきたいんですよね。それこそAPIだけではなくてローカルモデルや独自のモデルまでダイブしていきたいです。
芹澤:やりたいですね。やっぱりLLMのAPI一本足打法だとベンダー次第になるような気もしているんですよね。仕様変更に振り回されたりするじゃないですか。AIに投資するという観点だと既存APIだけにならないようなバランス感覚は重要で、気をつけたいなと思います。
AIに期待すること:効率化から意思決定支援へ
金岡:AIでこんなことをSmartHRとしては期待したい、こういったところで使いたいといったところで思うところはありますか?
芹澤:データからどうインサイトを提供するかが重要だと思うんですよね。人間だとなかなか見えてこないものを、AIが網羅的に見て「実はこういうことが起こっていますよ」といった形で紹介するイメージです。金岡さんが企画してくれた「従業員サーベイ」の「回答要約」機能はとてもいい例ですね。SmartHRでも毎月、全社サーベイで1000人以上分のフリーコメントを見るんですけどめちゃくちゃ大変なんですよ。でもLLMで人間が読める粒度にしてくれる。まずはこういったインサイトの提供をもっとビジネスにしていけるといいんじゃないかなと思っています。
昨今のLLMブームでビジネスとして成功しているのは結局ツルハシを売っている人、プラットフォーマーじゃないですか。チャレンジしている側として、ツルハシでない金脈を掘り当てたいですよね。
そうしないとサスティナブルではないし、結局ブームで終わってしまう。「これ金にならないじゃん」「面白いけどユーザーは別に求めてないよね」という感じでしらけていくと悲しいですね。
金岡:同意ですね。全社のデータからインサイトを出す話にも通じるのですが、僕はAIやLLMができることを抽象化すると「データをすごい良い感じに変換してくれるもの」だと思っていて、それはSaaSと相性がいいと思うんです。
DBに蓄積されたデータを人によって最適な情報で出したり、システムとシステムのデータの繋ぎ込みを楽にしたり、それこそ紙や音声のような今まで扱えていなかったデータを我々のシステムで扱ったり。
いかにデータをユーザーが使いやすくしてあげるかというところにはまだまだ可能性があって、AI/LLMで僕たちの扱うTAM(Total Addressable Market、獲得可能な最大市場規模)が広がったという感覚があります。
芹澤:そうですね。僕らのサービスってずっと業務効率化をしてきたじゃないですか。でも「意思決定の支援」はまだ全然できていないと思っています。僕はSaaSって究極的には「効率化」と「意思決定の支援」の2つを価値としてユーザーに提供できると強いと思うんですよね。
タレントマネジメントを例にすると、「こういうマネジメントをしたほうがいいんじゃないですか」「この人はこういう異動をしたほうがいいんじゃないですか」といった提案がプロダクトからできると、意思決定のサポートにまで行ける。そうするとおっしゃっていた通りTAMが広がると思っています。効率化SaaSの市場だけでなく、コンサルのような市場まで行けると思っているんですよね。そこまでチャレンジしたいですね。
金岡:AI推進チームとしては頑張っていかないとなと思います。
SmartHRとAIのこれまでとこれから
これまで:「従業員サーベイ」への機能追加、ハッカソン、ポリシー策定
金岡:それでは、ここからはSmartHRのAIの取り組みについて、「これまでとこれから」といった形で説明させてください。
「これまで」は2023年から今年に入るくらいのところまでです。SmartHRは2023年くらいまで、AIの取り組みは実はほぼゼロでした。社内にもAIのケイパビリティのあるメンバーはいませんでした。
AIに取り組み始めたきっかけは、2023年3月ぐらいにGPT-3.5のAPIが一般公開されたことです。当時は私が面白くなっちゃって1人で触っていたのですよね。勝手にプロダクト利用を想定したプロトタイプを作って盛り上がっていたら当時のタレントマネジメント事業責任者に「プロダクトに入れてみたらいいんじゃない?」と背中を押してもらって。そこから半ば職権濫用で自分の担当プロダクトである「従業員サーベイ」に前述の「回答要約」機能を実装しました。ここがSmartHRで最初のAIとの関わりですね。
芹澤:そうですね。対外的にもかなりアピールしました。ウケるんですよ(笑)。
金岡:それはよかったです。反省も多い機能で、それはまたどこかで発表したいのですが、色々な方に褒められました。「よくやってくれた」って。
芹澤:広報的にはめちゃくちゃ映えますね。
金岡:ありがとうございます。あとは同時期に社内でLLMハッカソンを主催しました。それには50人ぐらい参加してくれたのですが、バックオフィスやセールスなど、エンジニア以外にもさまざまな部署の方が来てくれました。後ほど社内のAI活用チームにも触れますが、ハッカソンがきっかけになった施策もあると思います。
加えて、AI利用においてお客様との信頼関係は必須だと考えていて、我々はお客様のSmartHRのデータをお預かりしている立場なので「こんなふうにAIを使っていくよ」という「SmartHR AI活用ポリシー」の制定も行いました。
ここまでが2023年に行けたところです。チームを持たず、ほぼ草の根で頑張っていたのが正直なところです。
これから:プロダクト、社内活用双方でのチーム発足
金岡:そして2024年、ついに正式にAI活用チームが発足しました。プロダクトサイドでAIに関連するチーム、社内活用やルールメイクを進める「AIタスクフォース」双方で検討を進めています。
芹澤:いろいろ始まりましたね!
金岡:まずプロダクトサイドですが、2つチームがあります。通称「AIアシスタント」というLLMをコア技術とするプロダクトを開発するチームと、「AIインテグレーションユニット」というAI機能を各プロダクトに導入するチームです。僕はこの2つのチームでPMをしています。
「AIアシスタント」は今お客様を巻き込んでPoC(Proof of Concept)をしており、いずれ詳細を発表したいと思います。「AIインテグレーションユニット」が今後SmartHRのAI活用の中核になるチームなので、詳しく説明しますね。
SmartHRのプロダクトは労務系、タレントマネジメント系がありますが、「各プロダクトに手動作業や複雑な設定が残っている」「データ活用プロダクトのソリューションが十分でない」といった課題があります。「AIインテグレーションユニット」では各プロダクトでAI/LLMを活用することで、ユーザーの業務効率化、データ活用プロダクトの価値強化、ひいてはSmartHRの優位性獲得を目指します。
アプローチとしては、個別のプロダクトのAI/LLM機能を探索しつつ、それらをAPIのような共通資産にしていく想定です。メンバーもプロダクトエンジニア、MLエンジニア、そしていずれMLOpsやLLMOpsのような基盤エンジニアの混合チームにしていきます。個別プロダクトの課題探索、解決、共通資産化、さらなる課題探索……というサイクルを回していきたいです。
ちなみに、現在は書類のデータ化、複雑な設定のLLMによる自動化、タレントマネジメント関連のデータ整備に取り組み始め、今後の活動の解像度を上げているところです。
社内でのAI/LLM活用は「AIタスクフォース」というバーチャルチームが立ち上がり、コーポレートエンジニア(他社でいうところの情シス)にオーナーをしてもらっています。セキュリティや法務の皆さん、各活用チームの代表者を巻き込みながら、社内の生産性向上やセールスのオペレーション効率化にAI/LLMを導入しています。こちらもすでにセールスからの問い合わせ回答を自動化するbotなど、社内ツールになっているものも出ているので、もっと加速していきたいところです。
SmartHRの課題
AIとルール、信頼関係
金岡:今度は課題についてお話ししてみたいです。芹澤さんから見てSmartHRのAI活用で課題に感じる部分はありますか?
芹澤:いっぱいあるんじゃないですかね。例えばAIやLLMに対するより具体的なルール、データの取り扱いを整理しておかないと危ないと思います。データ周りでインシデントが起きてAIに手を出しにくくなると、AIブームがしらけたり、イノベーションが阻害されたりすると思うんですよね。慎重にすべきところと全力でアクセルを踏むところは整理していったほうがいいと思います。特にSmartHRは、機微な情報を扱っていますので。
金岡:そうですね。法律面ももちろんなんですけど、加えてユーザーとの信頼関係も重要だと思っています。
僭越ながら今までユーザーとはとてもよい関係を築けてきたと思っています。SmartHRのユーザーは「SmartHRさんなら」みたいに信頼してくださっている。そこを壊さないように進めないといけないと思っています。
人材と環境
芹澤:あとは、これは新しいことをするときにつきものですけど、人材ですよね。LLM活用に閉じない機械学習が利用できる人が採用できないとAPIの利用に閉じてしまう。ちゃんとモデル開発できる人が欲しいですね。
金岡:そうですね。さっきのユーザーとの信頼関係とも絡むんですけど、LLMで外部APIしか使えないとなるとコアの部分を完全に外部に依存していることになってしまい、ユーザーを不安にさせることもあると思います。
あと選択肢が少なくなりますよね。LLMの外部APIでできることにソリューションが閉じてしまうことを危惧しています。我々がこれまで学んだことを活かしつつ、幅広くソリューションを検討できるチームを作れるといいなと思っています。
芹澤:そうですね。似たような点でいうと環境の整備も重要になりそうですよね。こういう取り組みは試行錯誤をいかにスピーディーにやるかが重要だと思っています。そのためにストレスなく、安全にデータにアクセスでき、かつ実験を高速で行えるようなインフラも整っている環境がないとなと。どんなに優秀なエンジニアがいても、試行錯誤が遅かったら意味がないので。
SmartHRでAIに関わる魅力
金岡:いろいろ未整備ではありますが、SmartHRでAIに関わることはすごくやりがいのあることだと思っています。最後のトピックとして、SmartHRでAIに関わる魅力をお伝えしたいと思います。
まず、HR関連では国内屈指のシェア、そしてデータ量を持っています。多種多様なデータがあり、実際にプロダクトにはたくさんのユーザーがいる。これは大変魅力的なポイントだと思っています。
芹澤:確かに。たくさんのデータがあるので、AIやデータサイエンスをしたい人にはきっと楽しい環境ですよね。
金岡:あとはSmartHRのAI導入は、とにかくユーザー価値とビジネス成果に繋げたいと思っています。
AI専門チームはプロダクトや事業から隔離されて「研究開発だけやります」みたいなチーム作りをするケースもある。確かにAI開発と通常のプロダクト組織の開発と馴染まないところもあります。でもSmartHRではそうはしたくなくて、プロダクトサイドやユーザーとの距離をとにかく近くして、作ったものがちゃんとユーザーに使われるところまで、そしてビジネスインパクトが出るところまで経験できるようにしたい。我々を待っているたくさんのお客様がいるっていうのがめちゃくちゃ面白いポイントだし、そこをアピールしたいなと思います。
芹澤:ユーザーにちゃんと価値として繋げられるところまで、アウトカムを目的にちゃんとできる人っていうのはうちの会社っぽくていいなと思いますね。あとは、今から採用する方は組織作り、環境作りも経験できるので、キャリアとしても非常にいいチャレンジになるんじゃないかなと思います。
技術は基本的にはどんどんコモディティ化していくので、こういう会社内で組織を作れる、環境を整備できるといったところは、普遍的なスキルになると思います。
金岡:そうですね。組織にちゃんと導入して、ユーザー価値まで届けるっていうのはどのような新しいことでも普遍的だと思うんですよ。多分これからもパラダイムシフトは起こると思うので。
SmartHRは日本のSaaSだとトップクラスだと言っていただくことも多いんですけど、AIはトップクラスに遅れているんですよ。国内SaaS他社と横並びで見ても遅れている。
逆に推進側のスタッフからするとこれは凄いチャンスだと思っています。この規模の企業でAI導入を牽引できたらどんな企業に行っても通用すると思うんですね。「俺がSmartHRのAIを最高にした」という功績が欲しい人にはすごくいい環境なのではないかと思っています。僕自身もそうなのですが(笑)、一緒にやっていきましょう!!
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