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使われる社内AIツールへ ── 利用者数10倍を実現した「オペレーション導線 × AI」の工夫

サムネイル(使われる社内AIツールへ利用者数10倍を実現した 「オペレーション導線 × AI」の工夫)

こんにちは!事業推進本部BizAIユニットのnakamu(@nakamu033)です。 普段はビジネスサイドをメインターゲットとして、社内向けのAIツールの開発や一般的なAIツールの利用促進を担当しています。

今回は、AIツールに少し工夫を加えることで「使われるAI」へと変革できた学びをシェアします。試行錯誤のプロセスや現在のアーキテクチャについてお話しします。 社内AI活用推進を担当されている方の参考になれば幸いです!

事業推進本部 BizAIユニットの立ち位置と存在目的

まず、僕たちのチームがどのような立ち位置にいるのかを紹介させてください。 事業推進本部は、Salesforceなどを軸とした各種業務オペレーションの設計や改善、データ活用の推進などを担う部門です。
インサイドセールス、セールス、カスタマーサクセスなどのビジネスサイドに寄り添い、「どうすれば業務がもっとスムーズに回るか」「システムを活用して成果を出せるか」 を常に考え、実装や運用をリードしています。

2024年のアドベントカレンダーにて、事業推進本部の各部が活動や日々の工夫を紹介していましたので、 もし興味がありましたら、見ていただけると嬉しいです!

adventar.org

2025年からはAIを使った業務支援機能の内製を1チームに切り出して推し進めている次第でして、 BizAIユニットとして新設し、「AIを自然に、業務の中で当たり前に活用できるようにする」 をテーマに、活動しています。

ビジネスサイド × AI で重要視しているポイント2つ

SmartHR社には社内AI推進をミッションに持つチームがいくつかありますが、事業推進本部はビジネスサイドをターゲットとしています。その中で重要視していることが2つあります。

暗黙ナレッジの形式知化を促進する仕組み

AIを活用するには、RAG(Retrieval-Augmented Generation)に供給する情報の選別と整備が欠かせません。 しかし、特にビジネスサイドの特徴として、「勘や経験」としてナレッジが頭の中にあったり、自分の周辺にしかナレッジシェアしていなかったりして、言語化されていない(=RAGに使えない) という問題があり、SmartHRにおいてもまだまだ伸びしろのある領域になっています。

各担当者は、顧客折衝のたびにナレッジや最新のプロダクトアップデートなどを情報収集をしますが、数百人規模かつ急増していくビジネス組織では、個人や入社年次ごとに精度に大きなバラツキが生じ、結果的に成果にも大きく影響を及ぼします。

そんな環境においてAIは、 業務効率化だけではなく、頭の中や口伝でのみ存在するような暗黙ナレッジを形式知化する力が働くことにこそ、意義がある と感じています! 自分たちがアウトプットしたナレッジが使われるか分からないとなれば、自然とアウトプットしなくなります。しかし、AIがそれを読み取り、他のメンバーにサジェストされることによって自分のナレッジが称賛されることがあれば、アウトプットしたくなる、という具合です。

AIを使おうという意識を持たせない、プロンプティングさせない仕組み

SmartHR社はテック企業ではありますが、ビジネスサイドにおいては、AIやプロンプトに対する理解度も様々です。 普段からChatGPTなどを使って慣れているメンバーもいますが、よく分からずあまり触ったことがないという人も多くいるのが現状です。

ここで重要なのは、ビジネスサイドのAIはRAGなしでは実用性が低い という点です。 いわゆる企画職であれば例えばスプレッドシートの関数をAIに書いてもらったり、施策の壁打ちをしたりという用途で気軽にプロンプトを書いてAIと一緒に仕事ができるでしょう。 しかし、例えばセールスが商談前の情報収集や、メールの下書きをAIに手伝ってもらおうとしたとき、以下のような情報が必要になります。

  • 顧客の基本情報(従業員数、ビジネスモデル、中期経営計画などのIR情報)
  • 過去の折衝履歴(電話の文字起こしやメモ、メール文章、商談履歴)
  • 顧客が興味を示していたり、提案余地があると考えるプロダクト情報

これらはすべて、AIにプリトレーニングされていないため、プロンプトで解決しようとするなら、Salesforceなどからたくさんコピペしてこなくてはいけません。それは非現実的です。 プロンプトの書き方を知っていて、かつ自分で関連情報を集めてこなくてはいけないような能動的なアクションを必要とするAIツールは、ハードルが高く普及しません。 そのためには、誰でも簡単に、オペレーション導線上のボタンひとつで、必要な情報が目の前の顧客用に自動的にパーソナライズドされ、サジェストされるAI であることが大事だと考えています。

今回のエントリーでは、このポイント2について、「商談前の事前情報収集」を題材にしてどんな試行錯誤をしたのかを以下にご紹介していきます!

Slack App 期

弊社はチャットツールとしてSlackを使っていて、誰でも常にSlackを開きながらお仕事をしています。 SlackはAPIが豊富でアプリを開発しやすいため、モックを作成して初期の反応を見るには最適です。 今回の題材である事前情報収集の機能においてもまずはSlack Appでリリースしました。 構成図は以下のようになっています。

Slack Appで実装した際の構成図
Slack Appで実装した際の構成図

処理内容

  1. Vertex AI Grounding for Google Search を使って、Web情報をもとに会社概要、ニュースや異動情報、ビジネスモデルや事業セグメントなどのリサーチする
  2. SalesforceのAPIを使って、過去の電話の文字起こし、メール、現在利用しているシステム構成、商談情報(提案内容やネックになったポイントなど)をそれぞれ取得し、Gemini 2.0 Flashで要約する
  3. それぞれを小分けにして、Slack API経由でポストする

結果と振り返り

  • 試験対象であったインサイドセールスのある部(約110名)において、リリース初期は約43.8%のユーザーが利用してくれました
    • 他に利用している無料ツールと比べても、良い普及率です
  • 定性的にも、毎回のコール業務前に行っていた事前リサーチと過去の履歴の情報収集が削減できたという声が多くありました
  • 一方、Salesforceでアプローチ先を開く→Slackで@メンション→Salesforceでコール業務、という順番になり、わざわざSlackを開いて文字を打ち込むのが面倒というフィードバックがありました
  • その結果、利用率も週を追うごとに右肩下がりとなり、10~13%ほどにまで下がってしまいました。
  • 利用しやすい環境を模索する中、「Salesforceを開いているのだから、最後までSalesforceで実行できるようにすればいいのかも?」という仮説に至りました。

LWC 期

Salesforceには、Salesforceプラットフォーム上でカスタムコンポーネントを構築するためのフレームワークである Lightning Web Components (LWC) というものがあります。 これを使えば、ビジネスサイドのメンバーがずっと触っているSalesforceの画面上にAI機能を配置し、オペレーション導線を維持したUIが実化できると考えたのです。

今回、初めてLWCを採用しましたが、シンプルなHTMLとSalesforceのコンポーネントを組み合わせることで容易に実装できました。 また、LWCを使うことによってSlackのときと比べてシンプルな構成で実現することができました。

LWCを使った構成図
LWCを使った構成図

処理内容

Geminiを扱う部分のCloud Runの処理内容はSlack App期とほぼ同じなので割愛しますが、それ以外の挙動は大きく変わっているので紹介します。

  1. 最初に画面を開いたときに、ユーザーが直近開いていた会社を複数取得し、選択肢とする
  2. ユーザーが選択した企業のIDと、描画しているセッションのUUIDを元にCloud RunにHTTPリクエストする
  3. Slack期と同様に各要素をリサーチ&要約する
  4. Push Topic というSalesforceのストリーミングAPIを利用して、特定の条件に基づいてデータの変更をリアルタイムで通知する仕組みを使い、セッションUUIDを元に、各要素が完了するたびに少しずつ更新する画面描画する
  5. LLMはどうしてもレイテンシーが問題になるため、こまめに更新することでユーザーを待たせないようにする

利用イメージ

株式会社SmartHRに営業するシーンを想定して、デモ環境でテストデータを使ったキャプチャを撮りました。 このような感じで、アプローチしようと思った担当者のページを開き、ボタンを押すだけでリサーチし、描画されます。

操作イメージ(デモ)
操作イメージ(デモ)

結果と振り返り

  • 試験対象であったインサイドセールスのある部(約110名)において、リリース初期には週ベースで62.1%のユーザーが利用してくれました
  • 肝心なのはその後の週次推移ですが、嬉しいことに利用率が下がることなく高止まりし、むしろ増えて65%~68%で定着しています!
  • さらに、ターゲットとしていなかった部署でも口コミで広がり、結果としてLWCリリース前後で利用者数は約10倍にまで増加しました
  • 結果として、「うちの部署でこんなことAIで出来ない?」という相談を多くもらうきっかけになりました
  • 今回の事前情報収集機能の他にも、様々な施策が生まれ、現在進行中です

まとめ

処理の内容はほぼ変えず、ユーザーの操作導線上にAIを配置することで、利用率を維持しつつ利用者層を拡大できた事例をご紹介しました。

これからも、BizAIユニットのUIはSalesforceを軸として、オペレーション導線上に、複雑な操作をさせないデザインで今後もどんどん機能を増やしていきたいと思います。

目下で取り組んでいるのは、上述した「暗黙ナレッジの形式知化を促進する仕組み」についてでして、こちらについても学びを得たらまたシェアできればいいなと思います。

We Are Hiring!

今回の内容は社内向けの取り組みでしたが、SmartHRでは会社全体でAI活用を加速させています。 プロダクトサイドでは現在、AIに関連するエンジニアやプロダクトマネージャーを募集していますので、ぜひ気になる職種があればカジュアル面談などにお申し込みください!

また、僕たちBizAIユニットも組織拡大を計画しています! 近日中に情報をオープンしますので、もしご興味いただける方がいればご一緒できると嬉しいです!